■1988年 /BOØWY COMPLETE/LIVE DATA

彼らが交わる事を潔しとしなかった広いマスメディアが、とうとう大手を振って彼らを記事にしたのは、その解散への憶測記事であった。 案の定、事実とはあまりにもかけ離れた記事の中で、傷つくべきBOØWYは既にこの世には存在していなかった。 彼らは解散せずとも、いつかはこうして自分達の愛したBOØWYを傷つけようとする巨大な何かが現われる事を予期し、その事からBOØWYを守ろうとしたのかも知れない。 BOØWYを失なったロックシーンは巨大なビジネスとなってバンドブームを迎える。 テレビのコンテスト番組、ロックのファッション化、そしてブームが終宴をむかえたといわれる'91年を終えると、彼らがデビューしてから10周年にあたる'92年がやってくる。

彼らの口から正確な、解散に関するコメントは1度として出てきた事がない。 それは言葉にすべき理由は本当に存在せず、彼ら4人らしか分からないベクトルが、 まるで運命の様にその道へ導いた事だけなのかも知れない。

完成直後の東京ドームでの「LAST GIGS」は95,000人分のチケットを10分間でさばき、 都内の電話回線をパンクさせ、再び彼らの名前は社会面で活字になる。 けれどもいくつもの話題や勲章を手に入れたとしてもあの巨大な東京ドームで何万人もの人の相手をしている彼らは、 数えきれてしまう程のオーディエンスしかいなかったLOFTで演奏していた彼らと何ひとつ変わる事のない4人だったし、 その事を感覚で察知した彼ら4人の素敵なオーディエンス達は東京ドームでは誰一人涙を流さず、こぶしを振り上げて大声で彼らと共に歌った。

今までの人気者と称されるバンドやグループの解散や引退に立ちあってきたマスコミ達には、最後までその何万人もの光景を理解することはできなかったし、 ”涙の解散”とタイトルできないそのイベントを上手く記事にもできなかったけれど、BOØWY達にとってそんな事は本当にどうでも良い事だったにちがいない。

by M.K

from BOØWY COMPLETE

布袋によるコメント/BOØWY HUNTより


1988年に入ってから、BOØWYの作品はアルバム「SINGLES」、VIDEO/LD「SINGLES OF BOØWY」、全ての作品を網羅した(ただし、シングルのマリオネットを除く)10枚組みのBOX「BOØWY COMPLETE」(黒BOX,限定発売)が東芝EMIよりリリースされた。BOØWY COMPLETEはファンの熱い要望により、後再販(白BOX 限定発売)。また、徳間JAPANより、「DAKARA」(12インチシングル)、アルバム「INSTANT LOVE」の限定BOX(CDとLPの2種類)や8cmCDシングル等も発売された。
そして、解散から10年たった1997年12月24日にBOØWYのBEST ALBUMのCMが1日限りオンエアされ、1998年2月にBOØWY初のベストアルバム「THIS BOØWY」が発売された。解散してから10年経つバンドのベストアルバムでありながら、150万枚もの売り上げを記録した。しかし、このベストアルバムはBOØWYが東芝EMIに移籍してからの曲からのセレクトだったので、少し、残念であった。また、INSTANT LOVEが2000円という新価格で便乗発売された。

2001年10月27日にDVD/VIDEO「LAST GIGS」、11月28日にはDVDで「CASE OF BOØWY」「BOØWY VIDEO」「SINGLES OF BOØWY」、ライブアルバムとして「CASE OF BOØWY」が発売。

2001年12月24日には、「1224」が発売。絶対にあり得ないとファン誰もが思い続けてきたことが現実となった。


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